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山も落ちも意味もないヘブンイレブンの日々

以下黙々とヘブンイレブンの話が続きます



「いらっしゃいませ!」
 祁荅院綾子の笑顔は午後のヘブンイレブンのオアシスだった。この微笑みを目当てにやってくる学校帰りがどれほどいるか。わずかな空調を受けてふわふわと髪が舞い、その表情もどことなくふわふわと浮かんで見える。最初は髪を結わえることなくレジに立とうとしたので、おでんに毛先が浸かる非常事態もあったが、今はポニーテールに結わえることを店長に頼み込まれている。
「お預かりします」
 にこにこしながらレジにやってきた客の商品を受け取る。客のニット帽を被った男が出したのは十銭のライターだった。
「はい、十銭になります」
 男はそっと五〇圓札を出した。
 金勘定が苦手で、普通の三倍ほどの時間をかけてレジ研修を受けた綾子だったが、今では他の店員より少しのんびりしたぐらいの速度で釣銭を返せるようになっていた。店長もレジを彼女に任せて品出しに集中できるぐらいの信頼で、彼女は誇らしげににこにこしている。
「四〇九圓と九〇銭のお返しです~」
「アー」男はがまぐちの中を覗き込んで言った。「しくじったわー、やっぱり十銭あったわー、すまんけどこれと釣りの四〇九圓九〇銭足して五〇圓札に戻してくれへんか」
「え……」
「なんや? この店は両替もしてくれへんのかいな、サービス悪いわー、これだからバイトは」
「ええ、ええ、大丈夫です! このお釣りと……」
「ほい」
「お客様の十銭と足して、五〇圓! はい、お返しです」
 男は五圓札をひったくると、そのまま出口へ向かった。……が、がまぐちに札をしまおうとして、やっぱり立ち止まり、踵を返して戻ってきた。
「あー悪いわ、ちょと財布キツいねん、この拾圓五枚とそこの釣りの五〇圓足して百圓にしてくれへんか」
 男はがまぐちからしわしわの拾圓五枚を引っ張り出し、釣銭受けに勢いよく投げ乗せる。
「え、あ、は、はい」
 綾子はそっと紙幣と硬貨を数えた。拾圓札が男の出した五枚を合わせて九枚、壱圓札が九枚、十銭銅貨が十枚。しめて百圓。間違いない。
「はい、百圓です」
「祁荅院さ……どうしたのこのお札」
 男が札を受け取ろうとした瞬間、手書きの在庫表束を抱えた店長がレジの中に入ってきた。
 男は綾子の手から百圓札をひったくると、大股で出口へ歩き去る。
「あ、さっきのお客様が両替を」
「両替……?」
 嫌な予感が店長の脳裏を駆け巡る。
「てんちょー、おはよっす……うわっ!」
 そこへタイミングよく、山下が出口へ現れ、男と勢いよく衝突した。
「山下! そいつ逃がすな!」
「エ!?」
「チッ」
 男は山下を蹴飛ばし、走り出す。
「どわッ!」山下はもんどりうって倒れたが、「畜生!」すぐに立ち上がって男を追う。
「待て! ……ッうわああああああ」
 店長も後を追おうとしてマットレスに足を引っかけて転んだ。
「え、ど、ど、どうしましょう……!」
 綾子がおろおろし、居合わせた客が目を丸くする中、店長は床の跡のついた顔を上げ、眼鏡を拾うと、彼女を振り返る。
「ちょっと説明できるかな、祁荅院さん」
「あ、は、はい。さっきのお客様が……」
 綾子はことの成り行きを説明した。つっかかる彼女の言葉を相槌を打ってどうにか引き出した店長は、顛末を聞き終えるとそっと110番に通報した。


「災難でしたね」
 一難去って後日、詐欺犯が逮捕されたことを報告しに来たのは座木だった。彼女はつい数か月前までここで働いていたが、その勤勉さで見事宮仕え――特高警察への勤務を勝ち得たのだ。
「まあね。でも良かったよ、山下がうまくやってくれたんだろ」
 犯人を追跡した山下は、そいつに飛びついて往来のど真ん中で取っ組み合いをしたそうだ。最終的には犯人のズボンを引きずり剥ぎ、相手はパンツ一丁で西京の街を駆け抜けていったという。当然その状態で遠くへ逃げることもできず、男はすぐにお縄になった。山下は薄汚れたズボンを掲げて「捕ったどーーーー!!!」と雄叫びを上げて往来から謎の拍手喝采を受け取ったという。
「でも、いったいどうしてどこで五〇圓がなくなってしまったんでしょう?」
 綾子はレジに立つたびずっとそのことを考えている。
「つまりね、両替のときに、本来対価で渡した、つまりその前の両替で引きかえた分のお金をそっくり奪ってしまってるんだ。わかる?」
「うーん……」綾子は両手の指を折り折りしている。
「こりゃうちも両替禁止しなきゃな」
 店長と座木は笑った。


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