忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

死に場所は選べない


 ハジキは当りゃ利くんやだいたい、しっかし土壇場になると手ェこんなんなって真ッ正面からでも外す奴ァぎょうさんおる。ええか、撃つときは両手で、足広げて重心置いて、チャンと的に向けて撃つんやで。
「あっ」
 感動の御対面の瞬間、情けない声と同時に彼は銃を顔の前に持ち上げ、引き金を引いていた。
 場馴れした兄貴の忠告が頭にあったせいか、彼の撃った弾は外れなかった。鉢合わせた紅組の構成員(つまり、黒牙會で見たことのない奴が紅組だ)の喉笛を粉砕し、衝撃で仰向けになってのた打ち回る敵方の撃った弾は確かに兄貴の言うとおり全弾が壁紙に黒い穴を開け硝煙で視界を覆ったぐらいで、吹き飛んだ喉で叫ぼうとしているらしい断末魔は濁流のような血で代わり、痙攣した手に握られた銃口は力なく床に垂れてようやく彼と視線が合ったが、もう敵は引き金を引くことができなかった。そこには一体の死体が残った。
 人死にを目撃する回数は兄貴連中に殴られた回数とタメを張るぐらいあるし、一度は吹っ飛んできた同期の死体が背中に覆いかぶさった瞬間ショットガンを喰わされ頭の後ろでクズ肉が出来上がっていくのを感じながら夢中で川に飛び込んだこともあったが、殺しは初めてだった。
 彼は相手の握っていた拳銃を拾い上げ、ジャケットの裏側を探りながら死体とジッと見つめ合った。年上だ。目を剥いている。苦悶というより驚いているようにも見える。
 あっとかそんなもんで逝っちまうもんなんやな。
 戦利品の十円ライターと小銭だらけの財布を懐に忍ばせながら彼はつぶやいた。そうやな、と相槌を打つものはいなかった。あいつは自分の背中の代わりに挽肉になってしまったのだった。

「死ねっちゅうことですよね?」
 彼は言った。赤提灯の居酒屋で、人らしからぬ妖気を振りまく女将はどう見ても妖怪だった。彼は気遅れたが、「そうなの?」とかなんとか覇気の感じられない相槌を返す連れの男は別段なんともないようで帽子を取りさえしなかった。
「だって全員っすよ。俺なんて心斎橋以外でデカいの当ったことなんかいっぺんもあらへんし」
「まあそうだろうな。良く考えてみれば分かることだ」
「そうすか」
「こっちは若いのも年寄りもいる。向こうもまあそうだが、主要面子は成熟してやがる。しかも捨て駒もタップリ盛ってるときた」くたびれた背広を着た男は焼酎をあおりながら言った。「どっちが勝っても総合的にウチが損なんだよ。経験不足の若いのと、スタミナ不足の御老体が逝く。設営も向こうのシマだろ? だが會長は絶対に受ける。確信して仕組んできてる」
「よくわからへんけど……」彼はジョッキの底に残った泡を啜った。「勝ったほうが勝ちなんと違うんスか」
「今の天照の上向き景気が欧州でやってるドンパチのおかげだって知ってるか?」背広の男は財布を開けた。「所謂ビジネスなんだよ、諍いってのはさ、わかるだろ? この見渡す限り金とネオンと血の痕でギラギラしてる病巣みたいな街が急ごしらえの舞台装置で雌雄を決するわけがない。裏があるのさ」
「アー……で、加波サンはどうすンすか」
「あ、俺、紅のほうに付くことにしたわ」
「エ!?」
「悪いが分の悪い試合はしない主義なんだ。じゃあな。釣はいらねえ」
 背広の男がテーブルに金を置くと、パン! とクラッカーを鳴らしたような破裂音がして、店中の客が反射的に頭を下げ流れ弾に備えた。だがそれは銃声ではなかった。男は姿を眩ましていた。
「ちょっと、お客さん」女将の視線が痛い。
「加波サン、加波サン――あっスンマセンおあいそ、あっ、あっ、金足りてねェーぞッあのクソジジイッ」

PR

Comment

お名前
タイトル
E-MAIL
URL
コメント
パスワード

Copyright © あっ死んでる : All rights reserved

「あっ死んでる」に掲載されている文章・画像・その他すべての無断転載・無断掲載を禁止します。

TemplateDesign by KARMA7
忍者ブログ [PR]