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スマック・ホン・デン・ダウン



 とにかく親父らの話が終わるまではジッとしてろと言われたので、P子は欠伸を噛み殺して大広間に立っていた。そこらじゅう人、人、人の壁、ほとんどが壇上のやり取りに釘づけになっている。キョロキョロと辺りを見渡すと、ジンと親玉二人のやりとりに聞き入っているものもあれば、やはりそわついているのもままいる。
「ダラダラ口上垂れおってもしゃあないわ」黒牙會會長、夜の大虎、史上最強の親馬鹿、数々の異名を欲しいままに天下の浪速を総べる男、黒羽根は長髪の男の演説を遮って言った。「男ならビシッと一言で〆んかい」
「大阪は俺たちのモンや」紅灯商会会長、成り上がりの赤、狡獪の蛇、赤妻は冗長な前置きを打ち切り、言った。「はよ出てけジジイども」
「はッ、おイタが過ぎるんとちゃうかクソガキ」

「今夜、より多く殺し、より多く生き残った方の組織が――大阪帝国の新しい王や」

 摩天楼を根っから震わすような雄叫びが、広間を震わせた。

「アンちゃん、もうええの?」
 P子は隣に立ってがなり声をあげていた豹柄の男をつついた。
「オオオオオオオーーーッ! オオオオオ知るかい! 俺に聞くなやオオオオオオーーーッ! オオオオオオオーーーッ!」
 一蹴された彼女は機嫌悪く舌打ちすると、ぐるりと後ろを見て、雄叫んでいない人影を目で追った。頭に帽子、腰に羽はたきを携えた大柄の男が、悠長に一服蒸かしているのが目に留まった。花岡ほどではないが黒牙會本邸で何度か見かけた顔だ。P子は男の靴を爪先で叩いた。
「な、もう殴ってええんかな」
「んー? そうだね」
 男は咥え煙草の灰を掃い、床に落として踵で揉み消した。
「もういいんじゃないかな~。前置きばっかり長くても仕方ないし」
「ヨッシャ!」
 雄叫びの反響で震え上がるような大広間の中、名もなき構成員一人が小さく呻いて前につんのめった。誰かが彼の背中を踏切台代わりにして飛んだのだ。P子は遥か天井へ向かってばねのように身体をしならせ跳ね上がり、足元に嵐のような叫び声を受けながら、目に痛く輝く硝子照明を掴んだ。そこからは両陣営を一望できる。今にも得物を片手に時を伺うものがいる。拳を振り上げ唸りを上げるものがいる。異形の翼を退屈げに休めるものがいる。会場の扉が開かれるのをちらちらと振り向きながら待ち構えるものがいる。鍔に手を掛けコンマ数秒とかからず抜刀できる姿勢でゆらりと立ち尽くすものがいる。誰もが合図を待ち構えている。鍋は噴きこぼれる寸前だった。
 えも言われぬ興奮が、彼女の身体を、その血を、駆け巡った。情熱は皮膚の下で蠢き、赤熱する。獰猛な瞳の奥に、乾いた肌の内側に、火が灯る。輪郭を陽炎が包み込み、髪が逆立つ。熱された鉄のように内側から赤く輝く掌に掴まれた照明の根本が……徐々に溶け出し……掌を流れ……気温が急激に上がっていく……
 爆発音。
 誰かが何かを爆発させた。歓声のうちに怒声が弾け飛んだ。会場が揺れた。揺れた。それと同時に、ゴオンと音を立て、演壇直下最前列へ向かって彗星めいて落下する巨大なシャンデリア――
 轟音!
 煙幕で会場は一瞬にして視界を失った。後は早かった。銃声! 続く爆発! 怒声、悲鳴、もはや鳴り止まない! 誰もドアが開くのを待たなかった、それは破壊された。雪崩出す人波! 爆発! 吹き飛ばされる人波! 爆発! 火を噴いて破壊される壁! 高らかな笑い声!
 怒声を上げながらシャンデリアの上に駆け上がった男が、真っ赤に焼けた少女の拳に殴り飛ばされ煙幕の向こうに消えた。彼女はニイと笑った。そして自ら煙の中へ踊り込んでいった。
 狂葬の幕は切って落とされた。



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