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【IF】KIRISAME RED


 人の気配を察して既に男は刀を抜いており、さらに振り向きざまに胴を薙ぐより前にそれは血脂で生臭く塗り固められていた。それで尚、刃はまっとうに背後の人間を真二つに切り飛ばし、後に滑り落ちる上半身の勢いで倒れかかってきた下半分をも叩き切った。男は流れの動作で刃を拭うとさらに後ろでまさに銃を構えた連中に言った。
「駄目だよ。奇襲はばれたらもうお終いだ」
 次の瞬間には銃口はなかった。腕ごとぽんと吹き飛んだ腕が床で跳ねた。
「綺麗なもんだろう?」男は切り口を一瞥し人並木を斬り倒しながら言った。「こいつは降ろしたてでね。初陣なんだ」その身体は一歩、一歩と群衆の廊下を歩みながら、揺蕩うような動作で大刀を振り、上げれば頭を、降ろせば胴を、薙げば身体を粘土のように柔らかく刎ね落とした。
 廊下の数メートルが血煙で覆われたが、声は殆どなかった。刀が人を撫で切りにするのは一瞬であり、その邂逅に言葉はいらない。
 否、呻き声があった。伏した男が右腕と顔を失いながら、痙攣する左手で血だまりに銃を探っている。彼は同胞の指を掴み、それをぶるぶるしながら持ち上げた。
 一歩。一閃。
 救い上げる一太刀で勢いのままに人間の身体が舞い上がり、空中で真二つになった。解剖図のような一瞬、天井に赤飛沫、ドウと落ちる肢体。
 男は笑っていた。老獪な顔を心底愉快で仕方がないという風に歪めていた。
 そして激しく鼓動する心臓に惑わされることなく気が付いた。気温が……上がっている……陽炎の立ち上るような温度に。
 すぐ背後の壁が、ボンと膨れ上がり、直後メリメリと焼き切られた。
「ウラァッ!!!」
 断熱材の焼け滓を四方へ弾き飛ばしながら彼女が血海に滑りながら着地した瞬間、その血溜まりは一瞬にして蒸発した。彼女は熱されていた。目も眩むような赤だった。陽炎で輪郭が曖昧だが、少女だった。真っ赤な肌と、煤けた髪。服は溶けかけていた。
 男はゆらりと立ち上がる少女を見て、目を見開き、そして微笑んだ。
「見たことがあるな。蹈鞴の炉のように燃え盛る黒牙の鉄砲玉。うちの会議場を全焼させてくれたね?」
「退けよ、おっさん」獰猛なドラ猫の声だった。「殺すぞ」
「まあそうお急ぎなさんな……借りを返したい。あれの後始末は随分大変だったから。それに」男は無意識に刀を拭い、既に構えていた。「こいつはとても良く切れるんだよ。確かめてみるかい?」
 陽炎越しに睨み合った。少女が床に焼け焦げた足跡を残して弾かれたように走り出す。異臭の溶けた泥のような空気を滑る横薙ぎの一閃を下に躱し、彼女は男の股下を潜って際の足に向けて鋭い蹴りを繰り出した。男の外套の裾が一瞬で焼けつき、背後で体勢を崩した男の背中に立ち上がり様少女の肘鉄、を叩き潰すかのように柄が彼女の胴を横殴った。男は身体を捻って踏み留まり、すっ転んだ彼女の正面に刀を振り上げる。しかし一瞬の重心移動の隙をつき、彼女は起き上が――らない。振り下ろされる一撃を、倒れる彼女の振り上げた両足が受け止めた。足裏に蹄鉄めいた鉄板が白熱している。強化耐熱安全靴は特注だった。彼女が週一で戦闘に出ても一月は保つしつい数時間前までは新品だったのだ。人を殺せる火花が散る。
「ナマクラ」
 光より爛々と燃える目が言った。
 男は火のついた紙の暴れるようにめらりと唇を吊り上げる。
 背中から飛び上がり刀を弾いた彼女が宙返りして後ろに立ち直った途端既に上段から一撃が迫っていた。跳びすざって死体の上にバウンドし跳ね上がった人間の足が刎ね飛ばされる。流れるような剣戟に反撃の隙はない。……ない。が、彼女は怒声を上げて真っ直ぐに飛び掛かってきた。ただ愚直な、韋駄天の如き速さは陽炎を振り払い、袈裟懸けの太刀の前に飛び込んだ。それは死へ向かう直線だった。風を切り、炎をも斬り払う速度でそれが振り下ろされる。彼女の身体が振れる。体勢が崩れる。転んでいるのではない。避けているのだ。だがその足に向かって刃は振り下ろされる。一秒以下。そのフレームの間に再び彼女の熱が大きく揺らぐ。おそろしい衝撃が刃を襲う。男の握る刀が雷を喰らったように震える。拳が、刀身を叩いた。刀は大きく逸れて勢いよく床に叩き込まれる、のを避けて怪魚のようにうねり、その刃を彼女へ向けて大きく振りかぶる。だが彼女は既に膝をばねに動いている。男の膝元に食らいつく。刹那。スーツを焦がす、激痛そのものの熱が彼の膝を焦がした。
 男は吼えた。しかし笑っていた。あれだけの衝撃にありながら刀を取り落とすことはなかった。それどころか焼け付く足を軸に、下薙ぎの一閃を放った。彼女はそれを避け、損ねた。飛びすざった左足の先を鋭利な刃が刎ね飛ばした。しかしその靴の中に彼女の足の指はなかった。それは元からないのだ。
 着地、し損なう。足先が欠ければ地に足を踏ん張ることはできない。
「いい……いい。中々」男は笑っている。返り血を被り乱れながらも紳士然とした姿の中に黒く焦げ付いた右膝が異様、だがそれ以上にその目は井戸の底を覗くようなぞっとする狂気を湛えている。それは喰らうものの目だ。獲物をいたぶるものの瞳。昏い水底から波間に踊る獲物を捕えんとする猛魚の瞳。「食べ応えがある」
 血の海の最中に起き上がった、赤く熱を放つ獲物に、男は躍り掛かった。その速度は直前の比ではない。彼女は目測で飛んだ。一瞬前に首のあった場所を刃が抜ける。次の瞬間には引かれた太刀が再び放たれる。避ける姿もそうなら刀を振るう姿も出鱈目そのもののように見えるが、それは彼女にほんの一分の隙しか与えない精密そのものの太刀だった。彼女は網の目を潜るようにそれを避ける。重力を度外視したような、その実、地の引く力に最大限乗っ取った転がるような姿でそれを避ける。その異様な速度を、一薙ぎ、また一薙ぎと刀が殺していく。やがて行き場を失い、一閃を免れ損ねた彼女の右手の四指が削ぎ落とされる。血飛沫を切って捨て、返す刃が足の肉と皮を噛み千切る。寸断された肉が舞う。徐々に壁際に押されていく、追い込まれていく少女はまるで岩場に追い込まれていく稚魚だった。そしてついに、振り上げられた一太刀、縦一本のそれに彼女はまるで間に合わない。
 刃が振り下ろされる。
 彼女は――重心のために振れて間に合わない身体を、真っ二つに引き裂かれることを望まなかった。その首は力を抜くように逸れ、刃はあわばというところを擦り抜け、彼女の側頭部の表皮と耳、そして肩口から左腕にかけてを、ぺろりと引き剥がすように切り落とした。
 頭、肩の付け根から、紙吹雪のように血が吹いた。刎ね飛ばされた耳が空中で熱を浴びて茶色く縮れていく。剥き出しになった繊維質と骨、をかばうように彼女は倒れ伏した。瞳が揺れる。
 見上げた男の顔は、愉悦に満ちている。それは圧倒的な力で立ち向かうものを捻じ伏せ、喰らい尽くす強者の悦楽であり、彼女を戦意の一片まで切り刻み、尊大な反抗を平らげることを心から悦ぶ微笑みだった。
 それでもやるのかい?
 彼の表情はしかし、彼女の薄らぎかけた意識に再び火を放った。
 何よりも雄雄しく、彼女は吼えた。再び左肩から飛沫が舞い、それは黒ずむ間もなく灰になった。凄まじい熱量が彼女の全身を駆け巡る。突進する。それを刀が受ける。彼女は一つの砲丸のように体当たりをかました。男が刃を剥ければ、左の手首から先が跳ね飛んだ。しかしその勢いは、猪突猛進の一撃は刀を歪ませ、男の手を痺れさせた。彼女は畳み掛けるように、飛んだ。その腿は裏側の肉が削げ落ち骨が露出していた。だが彼女は飛び込んだ。その頭突きが、爛々と輝く必殺の額が、鍔を叩いたとき――その手から、刀が落ちた。
 彼女は足を踏み込みかけ、その力を無くし、膝から落ちた。
「ははは」
 男は声に出して笑った。それは一瞬だった。男の深い瞳と、彼女の燃え盛る瞳がぶつかった一瞬。それが全てだった。
 男は落ちていく刀を逆手に取り、無茶苦茶な姿勢から、しかし真っ直ぐに、一閃を放った。
 彼女は膝を付いていた。躱す術はなかった。
 断頭台の姿。
 そこに彼女は、歯を剥いた。
 首を裂く一撃が、少女の黄ばんだ歯に阻まれた。逸れた刃は彼女の下唇から顎を削ぎ落とし、地面に落ちた。
 その顔は、歯を剥いて笑っている。否応なしに。
「ふふふ……ははははは」
 男は笑い、笑いながら刀を拾って立ち上がった。彼女はまだ、膝をついていた。ボタボタと滝のように血が流れている。笑っているように見える。
 だが立ち上がった。何が支えているのかわからない、奇妙な力が彼女を立ち上がらせた。
 笑う男と、笑う少女が、霧雨のような血飛沫の跡に立ち尽くす。
 彼女は倒れ掛かるように、左の重心を失った身体を揺らすままに前に出た。おそらくその身体が受ける数多くの力を本能で前に進むように使っている。それを刃が、男の牙が撫でるように薙ぐ。
「あ」
 右膝が切り落とされ、進行方向とは違う向きに倒れる。前に進みかけた彼女は尻もちをつくように倒れる。
「あ」
 その右腕を、仁王立ちしたままの姿勢で鞭を振るうように男の刀が刎ねる。綺麗に落ちる。男はうっとりと微笑む。
「あ」
 左脛、返す刃で左腿が切り分けられ、輪切りになったそれが彼女の前に並ぶ。
「あ」
 腹、胴を絶ち、彼女の細体に最も太くある骨をもすぱりと一撃で斬って、ごと、と落とす。肉の塊の上に、血に塗れた彼女の胸像が座る。
「ごちそうさま」
 そして大きく振りかぶった最後の一薙ぎが、少女の首をころりと、血の海に転がした。黒く煤けた短い髪が血に濡れた。
 そうして通路には、血を吸った床を踵で叩いて覚束ない足取りで去っていく、口元に悪食の笑みを湛えた血みどろの紳士と、数多くの死体だけが残された。



 …………。
 やがて、肉塊のうちの一つが、ぶすぶすと煙を上げているのに、しかし誰も気が付くことはなく、やがてその炎が煌めく姿を現し、血の上をまるでタールを奔るように炎が舐め尽くしていくことを、誰が見届けようか。そこには物言わぬ骸、喰い散らかされた寸断の遺体が只、転がっているのみである。


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