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環境研究所は今日も平和

だったはずなんだが。



 荒神道草が研究室のマットレスで目を覚ますと十二時半だった。秩父連山から戻って暫くだったので疲れ切った身体は強張っていたが、どうせ夜まですることもない、コーヒーを飲んでだらだらと歩き、廊下を行く同僚たちを適当にさばきながら、気が付くとバギーを繰って温室に到着していた。胴乱には第三外来種と思しきいくつかの特徴的な様相が見られる野草が入っている。道草はこれらについての意見を仰ぐという名目でここに何でできているのかよくわからない茶を飲みにくる。
「おはようございます」
「おそよう、草」
「おっはーみっちー」
 そこにはいつもの二人がいつもどおりに居た。待折はデンと入口に置かれたサイドテーブルに座って足に巻き付いているコボちゃん(おそらく知覚を持つ種類の植物だが、具体的な分類は聞いていない)をぶらぶらさせており、エツはどう考えても尋常のサイズじゃない蘭の花弁に頭を突っ込んでなにやらやっていた。
「何やってるんですか?」
「なこうど」
「はあ……」
 道草は待折の隣に腰を下ろし、胴乱を膝の上に置いた。
「またあそこか」
「今はあそこが一番いいんです。もうちょっと暑くなったら鳥取のほうにも行くつもりですけど」
「ハア。茶飲め」
「飲みます」
 とまあ、よその喧噪もどこへやら、環境研究所の時間はゆっくりと流れていた。
「今日はやたら静かですね、産技」
 道草は不意に言った。
「そうだな」
「何かあったのかな。逆に心配になりますね、いつもあの調子だから」
「何かはあったぞ」
「え?」
「特高だ」待折は茶をすすりながら言った。「神王勅令だとよ。NECTERの突貫調査に来てるんだと」
「え……えええ? それってまずいんじゃないんですか?」
「何でだ? 草、T-ウィルスでも研究してるのか」
「してませんよ! でもよそは何か……いろいろやってるでしょう」
「よそはよそ、うちはうち」
「うーん、まあいいか」
 道草も茶を飲んで一息ついた。そしてエツのほうを見つめる。彼女は既になこうどを完了したと見え、明らかに獰猛な肉食獣めいて首を振り回す蘭の花を宥めながら振り向く。彼女の視線の先には、ピギーピギーとアラーム音のように小さく騒ぐカブのようなものとか、人間の舌に近い器官を口部から出し入れしているカズラとか、薄暗く明暗しているホオズキとか、定期的に爆発して火花を散らす強化ガラスケースの中のホウセンカとか(これにケースをかぶせることをエツに納得させるために十数名の火傷を負った環研職員と数名の心理学者と一名の荒神道草を要した)、溶剤を与えなければ加速度的に増え続け四十八時間で本土を占領すると計算の出た苔とか、
「……よくないですよ!!!?? よくない!!!」
「なんでだ?」
「少なくとも俺の知り得る限りウン十の条約違反が見えますね」
「気にするな。人死には出てないんだ、まあウツボカズラに飲まれたりレッドビーに刺された何人かを別にしたらな」
「死んでるじゃねーか!!!」
「データベースの中で永遠に生き続けるさ。保険金も出したから家族も何も言ってこなかったそうだし」
「隠蔽して金で解決したって話ですよねそれ!!!?」
「俺は知り得る限りの事実を喋ってるだけだよ」
「アアアア……」
 ともかく特高の人間をこの温室に踏み込ませるわけにはいかない。環境研究所の権威を賭けた攻防戦の火ぶたが今、落された。



以下は随時更新 所在はパラレルな





「特別高等警察秘密情報課のノルニル・ニーアですよっ! このたびは神王様の勅命に遵ってこちらの環境研究所を調査に来ましたっ!」
「はい、どうぞ、こちらです」
「あれっ、なんか変な音がしますね!」
「そうですか?」
「モスキート音みたいなのがします!」
「ああ、たぶん機材ですよ、環境研究所は本日も通常通り業務予定ですから」
「そうですか! ところであちらの温室は?」
「あれはサンプルの保護と実験を行ってます。今日は研究員一同所内での作業に従事してますので、こちらへどうぞ」
(誤魔化しようのない爆音が温室から轟く)
「…………」
「…………」
「あの!」
「モスキート音、しなくなりましたね」
「そうですね! でも別のすごい音がしました!」
「今はしないでしょう」
「そうですね! でもものすごーく気になりま……」
「どうしました?」
「…………いいえ! 何でもありません! 研究所の中を見せていただきますね!」
「はいどうぞ」


「いったい何があったんだ?」
「聞いてよ~~~、みっちーが勝手に電波草をチューニングしちゃったの、あれすっごく苦しそうだからやめてって言ったのに」
「あなたがホウセンカ爆発させなきゃそんなことする必要なかったんですよ! まったく!」
「あの男、突然大人しくなったが」
「エウロパのコミットマン系でしたねさっきの彼。たぶん彼の耳には爆発で温室に注目させておいてからに細菌兵器に関する資料を処分しようと焦る研究員の通信が聞こえたはずです」
「ほう」
「まあ一人ぐらい捕まるかもしれませんが、俺の論文にわざとコーヒーぶちまけて捺印を台無しにした野郎の声で放送してやったので問題ないでしょう」
「なるほど」
「みっちーちゃんとチューニング直してね?」





「特別高等警察機動捜査隊の因幡直純ですよう。さっそく入らせてもらいますよう!」
「はいどうぞ、こちらです」

(小一時間)

「ありがとうございましたあ! でもおなかがすいてチェックリストが埋まりませんでしたよう!」
「そうですか」
「……なんだかあっちのほうから果物の香りがしませんかあ?」
「ああ、温室ですね」
「中を調べさせてもらってもいいですかあ!」
「ここにあの中で行っている交配実験のついでに作った採れたての完熟マンゴーがありましてね」
「わ!」
「水質調査の過程で作ったアオサのクッキーなんかもあります」
「わあ!」
「よろしければ職員食堂までお送りするバスの中でお召し上がりになっても構いませんよ」
「ありがたくいただきますよう! ありがとうございましたあ! (ぺろり)」





「特別高等警察捜査一課の桜庭蓮爾です」
「大変だ!!! バスが変動重力場に飲まれて動かなくなったぞ!」
「誰だよ!!? 技研の傍に重力系近づけんなつったろ!」
「な、直純さん!? 直純さん!!!」





「特別高等警察捜査四課の丸狭です。上がらせてもらうわ」
「はい! ご案内します!」

(小一時間)

「まさかネクタールでこんなにチェックリストのクリーンな部署があるとはね」
「そうですね(やばそうなのは朝のうちに運び出しましたから)!」
「ゾンビでも作ってるんじゃないかと思ってたわ」
「まあ、(最近の兵器流通的に重火器ほど)流行りませんからね」
「それじゃあ失礼しま……くしゅん」
「はい、お大事に」
「……いいえ、っくしゅん……あの温室は?」
「あれですか? 実験に使う植物を育てているんです。生態環境部の預かりで」
「見せて貰っていいかしら?」
「あー……今入ると、き、きついですよ」
「きつい? っくしゅん」
(断続的に温室からくしゃみが響き渡る)
「活動期なんです、花の」
「活動期」
「凄まじいアレルギー性の花粉をまき散らすんですよ、定時でね」
(小さく黄色い煙が上がる)
「……そう、でもやっぱり」
「では少し待ちましょう。花粉が収まるまで、テラスにご案内しますよ」




『あ、待折さんですか? 大丈夫です、時間確保しました。今のうちに後ろ暗そうなのを一人ぐらい引っ張ってきますよ。あ、あ、大丈夫です、大丈夫、要するに中を見られなければいいわけですから、入口手前でしょっぴいて貰いましょう』




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